フェ

  • フェ

港町プサンの魅力を最大限に生かした海鮮料理、「フェ」。フェを簡単に説明すると、新鮮な魚を薄切りにして盛り合わせた料理、つまり日本ではお刺身と呼ばれるものに類しています。プサンは韓国でもフェの本場として知られ、フェッチッ(刺身屋)が集中するチャガルチ市場や広安里、海雲台、松島地区には韓国各地から年間を通じて多くの観光客が訪れます。

フェとは?
フェは韓国語の漢字で鱠もしくは膾の読みになっており、日本語では「なます」と読みます。その「なます」を辞書でひくと3つの意味があるようですが、

肉膾(ユッケ)
日本では全般的に料理方法のひとつになる(2)の意味を、韓国では魚や魚介、肉類を細かく切った(1)の意味になっています。 かつて朝鮮半島でも漢字が利用されいたときは、魚介のフェを魚偏の『鱠』とあらわし、日本でもおなじみの肉膾(ユッケ)などの、獣肉のフェは肉月で使いわけられていたそうです。

なます【膾/鱠】
(1) 魚や貝、あるいは獣の生肉を細かく切ったもの。また、それを、調味した酢にひたした料理。
(2) 野菜を細かく刻んで三杯酢やゴマ酢などで和えた料理。魚や貝を入れることもある。
(3) 情交すること。
「此吉原の廓では、抱かれて寝ることを―といひます/浄瑠璃・潤色江戸紫」

三省堂『大辞林第二版』より引用


フェの歴史
「世界広しといえど、魚を生で食べる国は日本ぐらいのもの」と考える日本人は意外と多いかもしれませんが、朝鮮半島でも古くから魚を生食する習慣がありました。1621年に於于堂・柳夢寅が著述した「於于野談」には文禄・慶長の役が起こった当時、明からの援軍10万人が朝鮮に長い間駐屯し、朝鮮の人がフェを食べるのを見て汚いと罵ったという記述があります。

また1614年に著された李芝峰の「芝峰類説」には「今の中国人は膾を食べない。干した肉であっても必ず火を通し、わが国の人が膾を食べるのを見て笑う」という記述が残っているそうです。以上のことから韓国の研究者の間では李朝の中期前から魚の生食文化が存在したと認識されています。


フェと韓国人
そして現代の韓国人も大のフェ好き。下の地図はナビの住む地下鉄1号線長箭洞(チャンジョンドン)駅の周辺地図です。静かな住宅地というイメージが強い町ですが、フェッチッの数にご注目ください。プサンではどの駅の周りにも、また商店街のある地域には至るところにフェッチッが存在します。日本だったら街のラーメン屋さんの数を想像するとちょうどわかりやすいかもしれません。また、プサンほどではありませんが、ソウルをはじめとする韓国各地のどの町にも、必ず何軒かのフェッチッが存在しています。


ただし現在のように店先に保冷装置のついた生簀を備えたフェッチッを街中で見かけるようになったのはここ十数年の話で、フェといえばソウルでは鷺梁津水産市場( ノリャンジンスサンシジャン) 、プサンだったらチャガルチ市場松島のように、専門的な場所に食べに行くのが通常だったようです。近年、フェが普及した背景には急速な経済の発展、養殖技術の発達による価格の低下、そして、狂牛病問題などによる牛肉を避ける動きが、フェへの人気に拍車をかけているのではと、言われています。

フェと刺身は似て非なるもの?
フェも刺身も見た目は非常に良く似ていますが、まったく違う料理にも見えてきます。

1. フェは生きた魚を捌く
韓国のフェも日本の刺身も魚を捌いて切り身にしていくのは同じですが、フェは必ず生きた魚をその場で捌くということが前提となります。日本でも生簀をそなえたお店はありますが、一匹を捌いてもらうという高級なイメージが先行してなかなか捌きたての刺身を食べる機会は少ないものです。そのため新鮮というイメージに期待を膨らませてフェを体験してみても、新鮮すぎる魚の弾力に慣れていない日本人にはフェの味に戸惑いを覚える人も少なくありません。

2. 白身魚が主流
韓国内で人気のフェはヒラメ→タイ→ウロッの順になっています。白身魚が主流で、赤身はフェッチッでは皆無です。色がついたものとなるとカンパチあたり。季節によってはボラが旬ですが、日本人はボラのクセに弱いようです。

ヒラメ(クァンオ)
タイ(トミ)
黒ソイ(ウロッ)

※3年前からマグロの刺身専門店がソウルで流行していましたが、マグロはすべて冷凍。日本人が好きなカツオも韓国では食べられる店がありません。
3. 薬味は3種類
フェッチッの三種の神器が、サムジャン、チョジャン(コチュジャンに酢を加えて調味したソース)、そして醤油とわさびです。日本から入ってきたわさびもすでに30年ほど前にはフェッチッに登場していました。

ただし、韓国ではわさびを栽培する技術が発達していないため、わさびに西洋わさびを加えて着色したものが使われていることが通常です。チャガルチなど日本人が多く訪れるところでは日本のわさびを用意してくれるお店が多くなりました。

わさび醤油

サムジャン

チョジャン
4. 山のようなツキダシ
フェッチッに行って誰もが喜ぶのがメインのフェが出てくる前に登場するツキダシの数々。店によって出るものは違いますが、貝、サンナクチ、ホヤ、ナマコなどのお刺身から、アサリの潮汁、ウナギなどなど、ツキダシだけで10皿以上出てくるお店も珍しくありません。

日本ならその一皿に値段がつくので、多量のツキダシを前に頭の中で単価を計算してほくそ笑む日本人が続出したとか…。IMFの経済危機以降のサービス競争から過剰なツキダシ文化が始まったといわれています。

5. 切り方と盛り付けの違い

フェと刺身が似ても似つかないのが、身の切り方と盛り付けにあります。それを評すなら、よく言えば豪快、悪く言えば乱雑。とにかくお皿にいっぱいに大量のフェが豪快に盛られてきます。

日本の職人さんは良く砥がれた包丁で魚の繊維をつぶさないように捌くといいますが、フェッチッではその点に関してあまり気にしないいお店が多いようです。その傾向は地元密着型のフェッチッほど強く、観光化されたチャガルチ市場などでは几帳面に捌いてくれるお店も多くなりました。
6. 食後の〆はメウンタン

大量のツキダシ、大盛りのフェでお腹もこれ以上だめというころに登場するのが、辛ーいメウンタンです。頭や骨など余った部分をダシにして、辛く味付けたタンがフェの晩餐の〆を飾ります。メウンタンはサービスの場合もあり、有料の場合もあります。チャガルチ市場の3階はメウンタン代(5000~7000ウォン)が別途必要になります。

フェの注文方式
プサンでフェを楽しむには大きく分けて2つのスタイルがあります。自分で食べたい魚を選んで捌いてもらう、フェセンター型スタイル(新東亜市場、広安里フェッセンターなど)と一般的なフェッチッスタイル。
○ フェッセンター型スタイル
日本のガイドブックでよく見かけるのが、チャガルチ市場などで好みの魚を選び、2階のお店で調理してもらえるという内容ですが、プサンナビで紹介している、新東亜市場がそのスタイルにあたります。

1階の魚屋で買って、3階のフェッチッに食べる。(魚屋で捌いてもらってその場で食べることもできます)新鮮度も抜群で非常に魅力的な食べ方なのですがいくつか注意点とアドバイスがあります。

  • 魚の注文は1匹単位となります。
  • 魚を選ぶときに魚の相場をある程度頭に入れておかないとボラれやすい。
  • 1階で買って3階で食べるシステムは中間マージンが発生するので意外に高くつく。 (1階で払うもの:魚代/3階で払うもの:薬味代、調理代など)
  • 最初から3階に行くと定額料金制になっている。これは食べたい魚を選べないものの、ツキダシなどの量が増える
○ フェッチッスタイル
お店が完全に独立して1軒のお店を構えているスタイル。お店の外に置かれた水槽や生簀が目印です。基本的にメニューから、モドゥムフェ(盛り合わせ)、もしくはメニューにお好みの魚があれば、魚単位で注文できます。


フェの食べ方
フェは、前述した3種類の薬味で楽しみます。醤油とわさびの組み合わせは日本人にもおなじみ。そして包む・混ぜる文化を持つ韓国だけに、野菜に味噌やにんにくを巻いて食べるのも韓国ならでは。

ナビも最初は日本の醤油やわさびを持参してフェを食べていましたが、新鮮で弾力がありすぎるフェには醤油よりも、味噌が合うような気がして、以来、野菜に巻いて食べるほうが好きになりました。ただし、このような食べ方は白身魚の微妙な味わいをわからなくするという批判もあり、韓国の食品工学の学者の中には野菜とフェを別々に食べることを奨励している人もいます。


代表的な魚と相場
養殖技術の発達によって、ひらめと真鯛が非常に安価で楽しめるようになったとか。日本では刺身でほとんど食べられないウロッも3大人気魚のひとつです。
韓国名
日本名
相場/1kg(新東亜市場)
クァンオ
ひらめ
15,000ウォン
トミ
真鯛
15,000ウォン
ウロッ
黒ソイ
12,000ウォン
スンオ
ボラ
10,000ウォン
チャンオ
アナゴ
12,000ウォン
ヌンソンオ
マハタ
60,000ウォン
トルトダリ
イシガレイ
100,000ウォン

高級魚のヌンソンオ(マハタ)

フェの仲間
フェのように刺身スタイルで食べるもの以外にも、韓国らしい料理がいくつかあるので紹介しましょう。
フェトッパッ
野菜の千切りと刺身をご飯に載せて、チョジャンで調味して食べるどんぶり料理。価格帯は6000ウォン前後。主にフェッチッのランチメニューなどで人気があります。

ムルフェ
慶尚北道、浦項市(ポハンシ)の名物料理(緒説あり)で、プサンにも専門店が多くあります。フェに梨やキュウリなどの千切りに薬味を加えたものが出てくるので、そこに酢と砂糖を入れてかき混ぜ、野菜に包んで食べます。

セッコシ
ヒラメやカレイなどの幼魚を骨ごと切って食べる料理をセッコシといいます。鮎などの骨の柔らかい魚を筒切りにする食べ方を表す日本語の『背越』が語源になっているとか。上記のムルフェにセッコシ使った、セッコシムルフェという料理もあります。

フェにまつわる迷信
韓国では曇天の日、雨の日にはフェを食べてはいけないという迷信があり、事実、雨の日にはフェッチブから客足が遠のきます。韓国人に尋ねるとほとんどの場合『雨の日や曇りの日は、食中毒にかかりやすいから』という答えが返ってきます。

この迷信の元には、敗血症の原因菌になるビブリオブルニフィクス菌が、曇りや雨など湿度の高い日は繁殖しやすいという誤解があるようです。実際、ビブリオブルニフィクス菌は湿度よりも夏場の暖かいときに増殖するそうなので、低温で魚を捌くフェッチッでは、雨の日や曇りだからということで大きな影響はないと唱える専門家もいます。

むしろ雨の日は、お客が少ないのでサービスが良くなる。雨の日にフェを食べに行くことを奨励する人もいるほどです。

以上、刺身と似ているようで異なるフェですが、その魅力は、とにかく新鮮ありで安価であること。日本ではヒラメや鯛をまるまる一匹捌いてもらう機会はなかなかありませんよね。韓国を代表する庶民の人気メニューの1つだけに、わさび醤油などで刺身の型にはめるのではなく、葉っぱに包んで、にんにくと味噌で巻いてガブリと楽しんではいかがでしょう?

参考文献
『韓国料理文化史』(李盛雨/平凡社)
『刺身を100倍楽しむ』(チョ・ヨンジェ/生鮮鱠発展研究所)

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